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大阪地方裁判所 昭和36年(ワ)4487号 判決 1964年3月10日

原告(貸金請求事件被告) 田中柳吉こと 柳相烈

右訴訟代理人弁護士 渡辺弥三次

右訴訟復代理人弁護士 谷野祐一

被告(貸金請求事件原告) 松田光夫こと 黄燦石

右訴訟代理人弁護士 越智比古市

同 村林隆一

右訴訟復代理人弁護士 畑井博

同 沢田和也

主文

原告(貸金請求事件被告)は被告(貸金請求事件原告)に対し金二七、〇〇〇円及びこれに対する昭和三一年七月一七日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告(貸金請求事件被告)の請求を棄却する。

訴訟費用は原告(貸金請求事件被告)の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

まず、原告より被告に対する損害賠償請求事件について判断する。

原告及び被告がいずれも大韓民国の国籍を有する者であること、昭和二八年五月頃原告の四男田中四郎こと柳在東と被告の長女松田菊枝こと黄日原との間に婚約が成立したこと、そこで、大韓民国の風習に従いその頃新郎の父親たる原告より新婦の父親たる被告に対し黄日原の嫁入道具として洋服生地外寝具類数点が贈られたことは当事者間に争がない。しかるところ、被告の長女黄日原が昭和二八年五月一〇日結婚式を挙げ昭和二九年八月一三日より原告方において柳在東と事実上夫婦生活をはじめたが同年九月一九日原告方を家出し被告方に立帰つたことは被告の認めるところであり、本件口頭弁論の全趣旨によれば、柳在東と黄日原との婚姻は同女の右家出により当時解消せられるに至つたことが明らかである。

ところで、≪証拠省略≫によれば、大韓民国における一般的な慣行として、婚約にあたり授受せられる嫁入道具は婚姻(内縁状態を含む)の成立を予定して贈られるものであつて婚姻が受贈者側の責に帰すべき事由により不成立若しくは短期間にて解消せられた場合には受贈者より贈与者に対しこれを返還すべきものとされていることが明らかに認められ、この認定に反する信ずべき証拠はない。してみれば被告は柳在東と黄日原との婚姻が同女の責に帰すべき事由により解消せられたものと認められる限り右慣習に従い原告に対し先に贈与をうけた嫁入道具の返還をなすべきところである。しかしながら、下記証拠に照しにわかに採用できない≪証拠省略≫を措いて、他に被告の長女黄日原が原告主張のごとく同女の責に帰すべき事由により不当に柳在東との婚姻を破棄するに至つたものと認めうべき明確な証拠はない。却つて、≪証拠省略≫を通じ認められる諸般の事実を綜合して考察すれば、被告の長女黄日原は柳在東との夫婦生活中原告及び柳在東の冷たい仕打にたえかね短い期間中に家人の留守を見計らい一度ならず家出するほか保護を求めて警察署を訪ね原告方での生活に辛棒しきれないで到頭実家である被告方に逃げ帰つたのであつて、黄日原と柳在東との婚姻を破局に導いた責任はむしろ夫たる柳在東の側に存し黄日原の責に帰すべきものではないことが窺われ、≪証拠の認否省略≫他に右認定を左右するに足る証拠はない。しからば、被告は先に原告より贈られた嫁入道具の返還義務を負わないから、被告に対し右返還義務のあることを前提として別紙目録記載の洋服生地の返還不能による損害の賠償を求める原告の本訴請求は右洋服生地の品目、数量、存否等につき考察を試みるまでもなく失当にして棄却を免れない。

つぎに、被告より原告に対する貸金請求事件について判断する。

≪証拠省略≫によれば、被告が貸金請求事件の請求原因として主張する事実は容易に認められるところであり、右事実によれば、被告の本訴請求は理由があるから正当としてこれを認容すべきものとする。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古市清)

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